Column

「素敵」なのに浮く | 都会と田舎で違う、ファッションの見られ方

同じ服を着ているのに、場所が変わるだけで「素敵な人」にも「浮いている人」にも見えてしまう。
そんな経験はないでしょうか。

都会では褒められていた服が、実家に帰ると「派手すぎる」と言われる。
逆に、地元ではちょうどよかった装いが、都会では一気に野暮ったく感じる。
「自分のセンスがないのかも」と不安に感じてしまうこの違和感。

でも実はそれ、“服”ではなく環境ごとに異なる「見られ方」が関係していることがあります。

今回の記事は、以前Xで反応をいただいた「似合っているのに悪印象になる例」の中でも特に見落とされがちな“コミュニティーの性質”という視点を「都会・田舎」という形で、より具体的に掘り下げたものです。
今回の記事では、それをより現実の場面に落とし込み“なぜ起きるのか”を整理しています。

都会と田舎で違う“認知リソース”の違い

ここで言う「都会/田舎」は、住所の話というよりも
「人の入れ替わりが多い人口が多い環境か」「固定されたコミュニティも多い閉鎖的な環境か」という違いです。
そのため、職場環境などでも考えとしては応用しやすい場があるでしょう。

都会は認知が飽和している

都会はとにかく人が多く、入れ変わりもよく起こります。
ここで何が起きるか、というと人が多すぎる環境では、一人ひとりを細かく見る余裕がなくなります。

その結果、服装が細かい部分よりも「記号」的な
・モードな人
・お姉さん系の人
・カジュアルでポップな人
といったわかりやすいもので処理されやすい面があります。

そして人が多い故に、認知するためのリソースがあまり割けないので
所謂「変な人」がいても一瞬で雑踏に紛れて忘れられる存在になります。

自分らしさを出さずに、目立たずに終わることの方が何も成し遂げられないリスクになりやすい環境とも言えます。

田舎は認知が割きやすい反面保守的

田舎は人がまばらで、近所等のコミュニティーも作られており、
どんな格好であっても「いつものあの人」と覚えられやすく、気にかけてもらいやすい環境です。

そのため、1人1人をよく見れる環境が揃っているぶん、服装のちょっとしたことでも目についたり、気づかれたりすることも多いです。
小さめでも細かいところまで気を使ってオシャレ、として処理されやすい反面、
大きく外した「見慣れない要素」がノイズとして際立ち、警戒されてしまいやすい面があります。

保守的な人達も多く、言語化できずとも違和感のある人物を避けやすい傾向も都会よりも大きく、
目立つ方が「気にかけてもらえない」「人数が少ない中で協力に入れてもらえない」リスクになりやすい環境といえます。

都会は加点方式・田舎は減点方式

このことからある意味、都会は「加点方式」、田舎は「減点回避型」と言えます。

都会では、埋もれないために“どれだけ加点できるか”が重要。
一方で田舎では、回避されないために“減点されないこと”が前提になります。

これは都会が良い、田舎が悪い(または都会は悪い、田舎が良い)という話ではなく、
都会で勇気を出して自分らしい装いを貫くことは、たくさんの人の中で自分を埋もれさせないための「主張」であるということ。
田舎であえて無難を選ぶことは、単なる手抜きではなく、コミュニティを円滑に泳ぐための「知恵」であるという視点であること。

と私自身、考えております。

私の提案サービスでは、住んでいる地域をお聞きするわけにもいかないため、「目立ちすぎず、埋もれない」ラインを基準にコーディネートを作成しています。そのため、人によっては物足りなくも、少し挑戦的にも感じられるはずです。

「生活する背景」も含めて「似合う」である

また、違和感を抱きやすい理由のもう1つとして

・都会のビル群の中で風合いの強く使いこんだダメージがあるナチュラルなストールなんかは浮きやすい
・田舎では作り込んだような装飾の多いものや、光沢感や洗練感が強いブランドものが浮きやすい

こうしたものから違和感に繋がって、魅力に繋がりにくいことがあります。

※AIにて作成。映画の「下妻物語」のように、 “服と環境のギャップ”が印象として強く残るケースもあります。

やはり都会は最先端で人だけではなく物の入れ替わりも激しいため、風合いが強い使いこんだものだけでまとめるのは浮きやすく
田舎では狭いコミュニティーながらも車を使った長距離移動も多くなるため、動きにくそうなものや傷つけると失敗が大きそうな高級感のあるものはそういった背景から考える生活スタイルに沿いにくいからだと考えられます。

そのため田舎などで少しデザイン性のある服を着る際、指摘された用に
「でもこれ腕まくりしやすくていいんだよね」
「デザイン可愛いのにお腹ゆるめだからめちゃくちゃ食べれるんだよね」

と利便性とセットにしたお洋服を選ぶと、言われた方も納得しやすく、服に対しての警戒心も薄くなりやすい傾向はあります。

服以外、で例えると順番に出していく大きく綺麗なお皿にちょこんと盛られたようなフルコースをピクニックに持っていきません。逆にピクニックに持っていくようなカラフルなプラスチックのお皿に手作り感溢れるサンドイッチは出されません。

どちらも想像すると違和感、になるのがわかりやすいのではないでしょうか。

最後に

「誰に何を言われても、私はこれが好き」
「服なんて興味がない」と突っぱねるのも一つですが、人間は社会動物です。

ただし、その選択には
「説明するコスト」「誤解されるコスト」「孤立する可能性」
という見えない負荷がそれぞれかかることがあります。

社会性を考えると、「周りのモノサシを理解した上で、あえて合わせる余裕」を持ち、
その範囲で自分を表現することが、自尊心を削られずに自分らしくいられる最大の防衛策になることがあります。

周りのモノサシを理解した上で、
その中で「どこまでなら遊べるか」を知っていて
「自分軸をもって自分で選択している人」ほど、
実は一番人生としては、自由に服を楽しめるのだと思います。

まずはご自身の生活環境が
「加点されやすい環境」なのか「減点されやすい環境」なのか
を考えて見ると、過ごしやすい服のヒントになるでしょう。

-Column